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震災に関するスピリチュアル的な発信について

被災地の皆さん、そして大切な方が被害にあわれた皆さん。
心からお見舞い申し上げます。

今回の地震は本当に痛ましいことです。

私たち生き残った者が、共に悲しみを分かち合い、一日も早く明日へ向けて新たな一歩を進めるようにしないといけません。
被災者も、そうでない人も。

物心両面で、直接の被害を受けなかった私達には大きな責任があると思います。

その意味で、今回の地震については記事を書くのは控えておこうと考えていました。

しかし、ネット上ではスピリチュアル的な、また神仏を引き合いに出したブログ等々で不安につけこみ自己顕示欲を満たそうとしているものが溢れ出ています。

生き残った者が、彼らを哀悼し、哀惜するのは当然のことです。

しかし、それはそれとして、彼らの犠牲に、必要以上の意味付けを行う事は、厳に慎まなければなりません。

人は、他者の死に対して、何らかの意味合いを見出そうとします。
命を失う事は、誰にとっても最も重大なものを失います。
今回の震災に限らず、誰もがいつの日かその命を、今生での生を終える日を迎えます。
誰一人、例外なく。

命を失ったその先が見えないという恐怖から逃れる事は、私たちに課せられた人生の究極の課題といってもいいかもしれません。

人は苦しみや死、そしてこの大きな災厄の犠牲に対する合理的理由を探し出すことで、心の平穏を少しでも得ようとします。これは、私達誰もが持つ、自然な感情です。

と同時に、この心情につけこみ、己の邪な願望を実現する道具にしようとする連中が必ず現れます。
人の死を、「○○が悪い。××が原因だ。△△が足りない。」などと、勝手な理屈を作り・・・
自分の願う方向に、大衆の喪失感を怒りに変えて誘導しようとします。

私は、この手の連中はデマゴーグと呼びます。

その人が、もし過去にどんなに素晴らしい業績を上げようとも、デマゴーグと化した瞬間、私は支持する事は出来ません。

それは『自分が正しい』という驕りに基づいた理屈でしかありません。
そして、誰にも平等に訪れる「死」に対する不安に付け込むと言う点で、死者に対して・・・つまりは生命の尊さ、真の尊厳を冒涜しているといえるでしょう。
恐らくその霊性は非常に低いものと思わざるをえません。


例え、未来が見えようとも、目に見えない何かと通じていようと、
一般的に『幸せ』と呼ばれるこの世的な、俗的な価値観での誰かの成功を後押ししていたとしても
そんなものは何の価値もありません。

かかわる事はいたずらに己の魂を、内なる神性を傷つけるだけです。


「自分が正しい」

これは私たちが厳に自戒しなくてはいけない事です。

私もその意味で間違っているかもしれません。

ですので、私はその人たちを批判はしません。

否定もしません。

その人に怒りは感じません。

ただただ憐れむだけです。


そういった人たちと、関わりを持つこともそれぞれの自由なのでしょう。

同じレベルでしか引き合いませんから。

その人にとって必要な事かもしれません。

でも、そう望まないなら・・・・

離れるべきです。

その言葉に依存している自分に疑問を感じている方は・・・

離れるべきです。



自分で考えて、自分で道を開きたいならば。

批判や怒りは必要ありません。




もしそのようなスピに身を委ねている方でこのブログを読まれた方は
是非ご一考いただければと思います。




どのような形であれ・・・・

今は静かに同胞を襲った災厄と彼らの不在を偲ぶだけです。



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